随分と記事の更新が遅くなってしまいましたが・・・。またこの原稿も実は当初は昨年の3月頃に出す予定でしたが・・・。
昨年の2月に私のメインブログである「五つの池の喫茶店」に「見果てぬ夢を追えば ~満州国は‟まほろば” ~」という記事を書きました。これははてなブログの「今週のお題」で「行きたい国・行った国」という企画で、ちょっと趣向が違うかもしれませんが、私の「行きたい国」ということで「満州国」について書いたものです。
この記事を書く際に大いに参考にしたのが、この「満州文化物語」で、この本は2013年に産経新聞に50回にわたり連載された「うたかたの宝石箱 満州文化物語」という記事を編成したものです。
この連載を掲載したのは産経新聞の記者の喜多 由浩さんという方で、喜多さんは私とほぼ年が変わらないのに、満州国への造詣が深く、またジャーナリストらしく丁寧にかつ深く取材されたのには頭が下がる思いがします。と同時に私の同じ年代に満州国フリークがいたことにとても親近感が湧きました。
この本では当時の「満州」について、3つの章に分けて書かれています。第1章「夢の都」では、日本人が満州で花開かせた文化・芸術についてを、第2章「あの戦争」では、祖国を守るために命を削った若者たちや辛酸を舐めた人々を、第3章「廣野の巨人」では日本の満州経営の中核を担った南満州鉄道、通称‟満鉄”について、当時の満州に住んでいた方々や満州の資料から詳細に描かれており、当時の満州国の状況や市居に生きる人々の姿がありありと髣髴とされます。
またこの本の冒頭に満州国というレトロな話とは対極にいるサザンオールスターズが歌う「流れる雲を追いかけて」という曲が出てきますが、これはサザンオールスターズのリーダーである桑田佳祐さんのお父さんが満州国からの引揚者であることをから作られた歌で、当時の満州国の華やかさと悲哀が感じられます。
私が子供の頃に描いていた満州国のイメージは当時中国残留孤児が巷で話題になっていたこともあり、貧しい国、引き揚げに伴う悲惨なイメージしかありませんでしたが、それが大学に入り、中国政治を専門にして満州国について調べてみると、それはとんでもない間違いで、内地を遥かに凌ぎ、当時の欧米諸国を上回る生活水準を誇る近代国家の姿がありました。
当時世界の最先端の街とされた大連では、都市計画によって作られた上下水道が完備されおり、モダンな住宅には水洗トイレや電話機などが備え付けらていました。満鉄の特急「あじあ」は当時世界最速を誇り、客室は冷暖房完備、食堂車ではロシア人のウエートレスが接客をしていました。
また満州国では戦後の日本で活躍された俳優の三船敏郎さん、映画監督の山田洋次さん、漫画家の赤塚不二夫さん・ちばてつやさん、ジャズピアニストの秋吉敏子さん、作家の安部公房さん・清岡卓行さんなどの超一流の人材も輩出しています。
満州国の建国は当時の緊迫する北東アジアの国際情勢を鑑みて、同情するべき点はあるとしても、日本による侵略は紛れもない事実であり、いかなる理由があるとしても、他国への侵略は許されるべきものではないでしょう。
ただだからと言って、満州国において教育やインフラなどの社会資本を充実させ、僅か数十年で何もない廣野を世界有数の近代国家に仕上げた先人たちの絶え間ぬ努力や満州国を世界に冠たる一流国家をしようと夢や理想を否定することはできないと思います。
満州国が消滅してから来年は80年となります。それを契機に昭和の初期に突如としてあらわれ、僅か13年で歴史の舞台から消滅した満州国について知る機会があってもしかるべきだし、それにはうってつけがこの本だと思います。
写真:無料写真素材 写真AC 中国 長春 満州国博物館6 三毛イキル
イラスト:無料イラスト素材 イラストAC 満州国 まりん
お恥ずかしい文章ですが、最後まで読んでいただきありがとうございます。
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